ヒトは食事をしてエネルギーを摂取し、このエネルギーで体を動かしています。このことをよく分かっていても、深く意識している人は少ないかもしれません。
ヒトが身体を動かすということは、筋肉の収縮が必要になります。そして、この収縮には、エネルギーが必要になります。筋肉の収縮に使用されるエネルギーは、ATP(アデノシン三リン酸)の分解によって得られています。車は、電気やガソリンをエネルギー源にしてモーターやエンジンを動かします。ヒトの筋肉は、ATPをエネルギー源にして身体を動かしているのです。このATPは、アデノシンという物質に3つのリン酸基が結合しています。身体を動かすためのエネルギーが必要なときに、酵素を働かせてATPからリン酸基をひとつはずしてADPという物質に分解します。このときにエネルギーが産まれるのです。もしすべてのATPがADPに分解されてしまったら身体を動かすためのエネルギーが枯渇してガス欠で動くことはできなくなってしまいます。しかし、ADPは、リン酸基を再合成してATPを作り続けます。このようなことがヒトの身体のなかで日々繰り返されているのです。
ところで、エネルギーの基ATPにとってはどのような食事を摂取すればよいのでしょうか?
エネルギーの原点3大栄養素(炭水化物・タンパク質・脂質)をバランスよく摂取することが重要とよく耳にします。この意味は、3大栄養素をバランスよくATPにすることです。まず、摂取された炭水化物は糖質を経てブドウ糖に分解されます。タンパク質は、アミノ酸に分解されます。このタンパク質は、ヒトの身体の主成分です。そして、脂肪は脂肪酸に分解されます。分解されたブドウ糖・アミノ酸・脂肪酸は、細胞のなかに取り込まれます。そして、いくつかの過程を経てアセチルCoAという物質に変化します。この物質がエネルギーの基を作り出すクエン酸回路(TCAサイクル)に入り反応を繰り返してATPの基が作られます。ここで重要なことは、この回路がうまく回転することによってエネルギーが作り出されるということです。炭水化物・タンパク質・脂質がブドウ糖・アミノ酸・脂肪酸へと上手に分解できない、或いは分解されたブドウ糖・アミノ酸・脂肪酸がアセチルCoAに変化できなければ回路にたどり着きません。さらに、回路をうまく回転するためには、補酵素のビタミンや補因子のミネラルが必要になります。このような複雑な工程のすべてがよい状態に保たれてはじめてエネルギーであるATPが産まれます。万一、途中でなにか小さな不具合があれば、エネルギーはうまく作り出せず不足してしまい、このことより疲労感・集中力の欠如などへとつながってしまいます。バランスのよい食事をとる目的は、エネルギーを作り出す工程をバランスよく、効率的に回転させるためということになります。
さて、「エネルギーをバランスよく作り出し続けることができれば、ヒトは常にエネルギーに溢れ、疲れることなく休養も必要ないのでしょうか。」「エネルギーに溢れていれば、24時間身体を動かし続けることはできるのでしょうか。」
ヒトが眠らず起きている連続不眠時間についてギネスブックには、1964 年米国男子高校生が264 時間12 分(11 日と12 分)という記録を樹立したとあります。しかしこの実験途中では、倦怠(けんたい)感、妄想、幻覚、視力低下、記憶障害などが生じたと報告されています。また、同様に米国で実施された動物(ラット)を使った不眠実験において、開始直後のラットは食事の摂取量が増加し、活発に活動し元気でしたが、その後は体重や活動量は減少し免疫機能が徐々に低下、2週間足らずですべて死んでしまったと報告されています。死因はすべてが感染症でした。「なぜ動物もヒトも寝るのだろうか」という理由は今のところ分かっていません。ただ、不眠は、エネルギーをとっていても代謝や免疫、またメンタルヘルスに多大な悪影響をもたらすことは明らかなようです。
日常生活に置き換えてみると、普段の寝不足によって、疲労感・頭痛・吐き気・めまい・食欲不振・過食・記憶力の低下・思考力の低下・感情の乱れなどが引き起こされます。また、不眠による肥満・糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病が起こりやすくなり、動脈硬化や心臓病・脳卒中などのリスクが高まるということも言われ始めています。
不眠対策として、多く利用されているのが睡眠薬やサプリメントです。脳の興奮を鎮める神経伝達物質GABAを働かせるもの。眠気を誘導するメラトニンを働かせるもの。起きている状態を保つ脳内物質オレキシンを阻害するものなどがあります。食品から摂取する場合GABAは、チョコレートや発芽玄米、キムチ、納豆、じゃがいもなど。メラトニンは、原料のアミノ酸(トリプトファン)を含む大豆、魚、肉、乳製品、卵などの摂取がよいとされています。これ以外の対策に、身体の奥底にある深部血液を表面や抹消へ移動して深部体温を低下させるものがあります。これは、深部体温の低下が眠気を誘発するためです。寝る前に熱いお風呂への入浴は、これを阻害してしまうために避けたほうが良いということになります。
私たちの身体は、エネルギーをバランスよく作り出し続けて物理的なエネルギーに溢れていても、休養の欠如は様々な悪影響を引き起こしてしまうのです。